第1章 嚆矢濫觴
そこで私は、はっと目を見開いた。
…大切な人?
そう、だっけ。
確かにあの人の事は好き。
だけどこの『好き』は、恋、なのか。
自分で言葉にしておいて、
うろたえるなんておかしな話だ。
でも、出会って間もない人に、
あんな風に肌を許してしまうのも
おかしな話。…中途半端ではあるが。
どうやら向こうは、
前から私を知っていたらしいが、
私にとっては知らない人なのだから。
だけど…
私はあの人に心を許している。
そばにいると安心するし、
離れるととても淋しい。
だから今日もほんとは、すごく淋しい。
…私はお父さんに向き直る。
お父さん、やっぱり大切な人だったよ。
ちょっと変わってるけど、
すごく優しくて、私の事大切にしてくれるんだ。
私は、お父さんとお母さんの間に移動して、
改めて手を合わせると、
これからはもう少したくさん、
顔を見せられるようにするから、
その間2人で仲良くしていてね。
私は目を開けて、母親の方をみる。
いつも私に、つらく当たっていたお母さん。
お父さんは、私を可愛がっていたから、
お母さん『やきもち』妬いていたのかもしれないな。
私は覚えたてのあの感情を思い出しながら
そんな事を思う。
だって、あんな気持ちになったらな…。
…だからって殴っていい理由にはならないけどね。
おかげでひどいトラウマに悩まされているし、
人生狂わされた事、間違いないけど、
でも、いい。
私、すごい人に出会えたから。
あの人のおかげで、私、変われそうだ。
だからきっと、1人でここにくる気にもなれたんだ。
今まで通りだったら、きっとこんな所、
来ようとも思っていないはず。
だって、私にとってここは、
嫌な事を思い出してしまう場所。
恐怖でしかない場所。
でも、
子どもの頃は恐怖だったものが、
大人になってからは
恨みに変わったような気がしていた。
それが、全て覆ってしまいそうだ。
たった1人の存在が、
私をこんなにも変えてしまうのだ。
心が軽い。
景色も明るい。
…あれ?
私今、とっても楽しいんじゃないだろうか。
こんなに気分が晴れた事、あったかな。
……
ごめんね、お父さん、お母さん、
また来るね。
またおいしいお菓子、持ってくるからね。
最後にもう一度、手を合わせると、
私は立ち上がる。