第9章 好敵手
私はふと、
不死川さんの膝の上の大きな手に目をやった。
「頭を撫でてくれましたよね。
とっても嬉しかった。
笑いかけてくれるのも、お話ししてくれるのも、
本当に幸せだった。
それらを全部、恋だと勘違いしてました」
「っ…おぉ、勘違いかよ。よかった…」
文字通り、胸を撫で下ろす不死川さん。
「あ、ごめんなさい…」
「余計な事で宇髄とやりあうのはごめんだからな」
困ったような笑い方。
コレきっと、
宇髄さん本人には言わないやつだろうな。
「私きっと、自分の父親に、
不死川さんを重ねていたんです」
「…父親…?」
「はい、ごめんなさい。
こんな素敵な男性を、自分の父親になんて
失礼だと思いますけど…
でも、よく似てるんです。
喋り方も、その硬くて大きな手も、
怖い顔なのに優しい笑顔も」
「…怖い顔…?」
見るからにムッとした不死川さんに
「ごめんなさい…っ」
慌てて謝った。
「私っ、両親と、
ちょっとつらい別れ方をしまして…
あんまり思い出したくないんですけど…
今朝…」
宇髄さんに抱きしめられていたから、なのかな…
あんな夢を、見たのは…。
「夢を見て…。昔あった事で…。
その中のお父さんが…似てたんです。
目が覚めて、あぁ、そういう事だったんだって。
でも、不死川さんには
嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
こんな話しをしているというのに、
仔犬はどこ吹く風で、何だかちょっと救われる。
よっぽど不死川さんの事が好きなのだろう。
相手をしろと、しきりに飛びついていく。
「私、お父さんの事は大好きでした。
いつもぎゅっと抱きしめてくれた。
それだけで、大丈夫だったんです…」
事情も知らない不死川さんに
余計な事を言ってしまう。
何も言わず、顔も見ずに
仔犬の相手をしているけれど、
意識はこっちを向いているのがわかった。
…本当に、優しいのね。
とっても、ありがたい。
「不死川さんを、お父さんの代わりだなんて
思ってません。でも思い出したお父さんが
あんまりにも不死川さんに似ていて、
あぁ気になってしまうわけだなぁって…」
「——母親、は?」
何でもない事のように訊いてくれる。
「——母、は…私に、ひどかったので…」
それ以上言えなくなった私の頭を撫でてくれる。
目は犬の方に向けたまま。