第44章 .☆.。.:.夏色.。.:*・°☆.
入る前に気がついたのは、
遠くから聴こえてくる課題曲に合わせて歌う
調子のいい鼻歌が聴こえてきたから。
あと1歩で入室。
その体制のまま固まった私が見たのは、
まさかの宇髄天元…。
さっきまで教室にいたと思ったのに。
——なかなか綺麗な声をしてる。
なんて思ってる場合か。
——天は二物も三物も彼に与えたな。
それもどうでもいい!
今はこの状況を
どう打破するかだ。
気まずいんだよ。
顔を合わせたくない。
しかも2人きり。
逃げ場はない。
誰かもう1人でもいてくれたら
うまいクッション材になってくれるんだろうけど
そんなの今は望めないし…
だけど——
耳の奥で反響する旋律と、
あの無骨とも思える大きな手が
しなやかに描き出している世界は
逃げ出したい私の足を、その場に繋ぎ止める。
目と耳が、
まるで彼を求めているみたいだった。
……いやいや、そんなバカな。
確かに綺麗な声。
素敵な絵画。
……絵にもなっていないあれは、
今の彼の心だろうか…
「席なら空いてますけど、」
突然聴こえた言葉に
私の肩が大きく跳ねた。
…気付かれていた。
「いえ…教室間違えました…」
バカな言い訳をした私に、
彼はこちらを振り返り、プッと吹き出した。
「間違えすぎだろ、こんなとこまで来といて」
確かに。
間違えようがない。
自分の言った言葉があまりにも間抜けで…
だけどそんな事より、
彼が私に笑いかけた事の方に気を取られていた。
喫驚の表情を浮かべる私に気を悪くしたのか
「なんだよ」
彼は顎を引き、少し眉を寄せた。
その顔が、何だかいじけた少年のようで
この人でもこんな顔をするんだなと
頭の隅で考える。
「いえ…。お邪魔、しましたー」
1歩下がった私に、
「まぁ待てよ。
なんかここに用事だったんじゃねぇの?」
咄嗟に掛かる彼の言葉。
あぁ、そうだ。
ここからの景色を見に来たんだっけ。
だけど先客がいたから…
「私はもういい。ゆっくり描いてて」
あの絵が完成したら見せてほしいな…。
「いや、だから」
呆れたような声に、彼へと視線を戻す。