第8章 続
一度は逃した睦を、
追いかけなくてはと思い直した。
そんなに簡単に逃してなるものかと、
睦の駆け出した方へ目を向けた。
だが、姿があるわけもなく…
確かに俺に非がある。
だけどあいつだけは、何があっても手放したくねぇ。
想って想って、やっと手に入れたんだ。
やっと、俺の事を想ってくれるようになったんだ。
睦は、俺のもんだ。
とりあえず俺は、
睦が行ったと思われる方へと走り出した。
俺の足なら、すぐに追いつける筈なのだ。
広い田んぼを通り、隣の町に入った。
そして睦が、
雑貨屋の前でぼんやりしているのを見つけた。
ただ、人通りが多く、分かれ道も多いこの町。
俺の前を牛車が通り過ぎるうちに、
俺は睦を見失った。
今の今まで、
ほんの1丈ほどの距離の所にいた筈なのに…。
今の、俺たちの関係を表すようで、愕然とする。
でも俺は自分を奮い立たせ
その場で耳をすませる。
睦の音を、探す。
すると、1番狭い分かれ道の、木々の生い茂る方から
妙な気配がするのを感じた。
そこに睦がいるのかまではわからないが
嫌な予感を頼りに、その道を俺は急いだ。
少し行くと、いかにも妖しい建物が見えてくる。
…待合か。
万が一にも、
睦が紛れ込んだりしちゃならねぇ場所だ。
店の前にいた女が
俺を見つけるといそいそとやって来て、
「兄さん、寄ってくかい?」
馴れ馴れしく寄り添ってくる。
「用はねぇ」
鼻であしらうと
「相手がなくても大丈夫だよ。
あたしが見繕って届けてやるからさ。
…でもあんた程の色男なら引く手数多だろうね」
「…」
何となく…。
「深い紫色の着物の美しい女、
見なかったかい」
「えっ、…知らないねぇ」
女の反応に、俺は目を見開いた。
…知ってやがるな。
「…どこへやった。中か」
「知らないったら。あんた何だい。
商売の邪魔すんなら帰っとくれ」
女を無視して店へ入ろうとした所に、
ほんのかすかに
「いやだ!」
と、睦の声を聴いた気がした。
とっさに地面を蹴ると、
「あの娘は大口の客にあてがったんだ!
邪魔すんな!」
俺の着物をつかんで止める女。
「てめぇこそ邪魔すんな!」