第2章 逢瀬
朱里は団子を食べていた手を止めると、秀吉へと目線をやる。
そして手帳を取り出すと筆で何かを書き始めだしたので、秀吉はどうしたのだろうかと視線をやった。
『秀吉様は、私の父が謀反を起こそうとしていると思って疑っているのではないでしょうか?』
その言葉に秀吉は手に持っていた団子を一瞬だけ、落としそうになってしまう。
だが直ぐに指に力を手に入れてからそれを何とか落とさないようにしてから、無表情で彼女を見る。
「何故、そうお思いに?」
『父が疑われているという噂をお聞きしましたので。めすが、私から情報を手に入れようとしても無理ですよ。父は私には何も喋りませんから』
「何も喋らない……」
ボソリと秀吉は呟いた。
朱里の表情は何処か悲しげにしていて、傷ついているろうな雰囲気を纏っている。
秀吉は姫を哀れに思った。
父親と仲が良くないのだろうかと思いながら、団子へと視線を投げる。
「俺は、ただ貴方と交友関係を持ちたかっただけですよ」
『何故?私のように口がきけないような者と?』
「それは……そうですね、あの花見の席で貴方に一目惚れしたからでしょうか」
嘘と本当が半分混じった言葉。
秀吉は一目惚れでないが、あの日に朱里の姿に惹かれるようなものがあったのは事実。
『嘘ばかり』
クスッと朱里は笑った。
「今は信用してもらわなくて大丈夫です。ですが、貴方の姿に惹かれたのは事実ですよ」
嘘では無いと秀吉は心で呟いた。
惹かれたのは事実であるが、その後に彼女を惑わせよと命じられたからこう会っているが……。
(俺にはこういうのは向いていません、御館様……)
秀吉は心の中で主人である信長に呟いた。
『ですが、一つだけ言いましょう』
「え?」
『父は、何かを企んではいますよ』
彼女の書いた文字を秀吉は訝しげに見つめた。
「何故、父親を密告するようなことを……?」
普通ならば身内を庇うものだろう。
だが彼女は普通に父親を密告するような事を言うのだろうかと秀吉は眉を寄せた。
『私は父を恨んでいますから』
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秀吉はその日、朱里を城へと送った。
相変わらず出迎えは彼女のそばに居るあの女中だけであり、城には父親と母親の姿すら見えない。
(不思議なものだ)
秀吉は城を見上げながらそう思った。