第12章 夢と現実 弐
更紗が自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がしたのは幻聴ではなかったようだ。
「炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天」
見慣れた長い銀色の髪を靡かせた少女が眼前に迫っていた猗窩座の腕を遥か上空へ斬り飛ばした。
そして日輪刀を右手で逆手に持ち変え、その少女……更紗が2人の間に滑り込んでくる。
更紗は杏寿郎に背を向けたまま右腕を振り上げ、猗窩座の右大腿部へと日輪刀を突き刺して地面で固定し声を上げる。
「奪わせない!貴方に何も奪わせなんてしない!もうやめてください!」
猗窩座を見上げる更紗の顔は杏寿郎から見えないが、涙で頬を濡らしているのだろうとその声音から容易に想像出来た。
鬼に懇願したとしてそれが聞き入れられるかもしれないなど、希望を持つだけ無駄だ。
人間は鬼からすれば食事に過ぎないのだから。
そう更紗も杏寿郎も理解していた。
聞き入れられることは万に一つもないと思っていた。
だが猗窩座の表情が悲しげに揺らぎ、修復を終えた腕は杏寿郎には向けられず更紗の頬に伸ばされた。
その予想だにしなかった行動に、更紗はもちろん杏寿郎も動きを一瞬止めた。