第12章 夢と現実 弐
杏寿郎はもう一呼吸もすれば、華奢な背中ごと貫いてしまうところまで来て冷や汗をかいていた。
しかし突然更紗が攻撃を切り替え猗窩座の頭上から地面に掠るほどまで刃を振り下ろし、炎虎を発現させたかと思うとその勢いで後方上空へと飛ばされて行く姿が目に入った。
すぐにでも後方を確認して受け止めてやりたかった。
よくやったと褒めて抱きしめてやりたかった。
だがそれをしてしまえば、せっかく更紗が作ってくれた好機を逃してしまうので許されない。
(無事でいてくれ!)
そして残影の炎虎が霧散し猗窩座の姿が杏寿郎の目に入るが、それは向こうも同じであった。
驚きに目を見開いたのも僅かな時間で瞬時に技の構えをとった。
「破壊殺・乱式」
杏寿郎は歯を食いしばり、更紗の攻撃によって抉られた猗窩座の体に日輪刀を勢いを衰えさないままめり込ませた。
その間も猗窩座は狂気に満ちた笑みを浮かべ、杏寿郎の攻撃を受けては守りを繰り返している。
互いに消耗していっても鬼である猗窩座は抉りとった矢先から修復し、実際に消耗するのは杏寿郎のみである。
額や肋骨、脚に痛手を負いながらも、好機を逃すまいと攻撃を続け頸に刃を捕らえた時、杏寿郎の眼前に猗窩座の拳が突きつけられた。
死を覚悟した瞬間、更紗の声が間近で聞こえたような気がした。