第11章 夢と現実 壱
あの鬼に対して激しい憤りを感じるが、それを目の前の実在しない男性に向けたとしても何も意味をなさない。
今のところ自分に危害を加える素振りのない目の前の男性もいつなんどき、何がきっかけで牙をむくか分からない。
下手に刺激するよりも様子を伺う方が懸命である。
1人心の中で葛藤している間に、今は遠い記憶となりかけていた台所へと辿り着いた。
「俺は急須とかの準備をするから、湯を沸かしてくれないか?いつもあんたに任せっきりで火をおこすのが苦手なんです」
「構いませんよ、準備を終えたらそちらに掛けてお待ちください」
薪や火打石もやはり記憶と同じ場所にあり、それが嫌でも更紗の気持ちを揺さぶり手が震える。
それでもどうにか薪に火を灯すが、今度はその火を見て杏寿郎を連想してしまい涙が出そうになってしまった。
必死に涙をおさえ警戒しながら鍋に水を張って男性をチラリと視界に入れると、準備を終えた男性は腰を下ろさず立ったまま何か言いたそうに更紗を見ていた。
「どうかされましたか?まだお湯は沸きませんよ?」
男性は悲しげに顔を歪めると更紗へとゆっくり歩み寄って、細い手を優しく握った。