第10章 裁判と約束
視線を畳へ落とし、思わず零れた独り言は張り詰めた部屋へ静かに溶け込んでいき、杏寿郎と天元の胸に僅かな痛みを与えた。
「更紗……」
名前を呼ばれハッと我に返り、悲し気な笑顔を2人に向けた。
「私はこの今の感情や意思を奪われたくないです。杏寿郎君の事も天元君の事も忘れたくないな」
普通に生活を営んでいる者ならば、ささやかな願いだろう。
だが更紗にとっては違う。
いつ鬼舞辻無惨に襲われ、鬼にされるか分からない身の上なのだ。
その恐怖は柱である杏寿郎や天元ですら計りかねる。
杏寿郎と天元が何も言えず湿っぽくなってしまった空気が漂うが、それを振り払うかのように更紗が一転して満面の笑顔へ表情を変化させた。
「そう思えるくらい私はお2人が大好きです!だから、あまり張り詰め過ぎないでほしいです。いつも通りでいてください」
その言葉にようやく裁判前の張り詰めていた空気がやわらいでいき、天元の顔にも笑顔が戻った。
「姫さんのが大変だってのに気ぃ遣わせて悪かった!俺の意見は変わんねぇが、いつも通りでいくわ!あんがとな!」
「本当の事を言っただけですよ?こちらこそいつも気にかけていただいて感謝しかありません」