第1章 月夜
「来るな!あんただけでも生き延びてくれ……走れぇ!」
ビクッと身体を震わせるが、更紗は踵を返し廊下を走り出した。
「待っていてください!すぐに助けを呼んできますから!」
走りながら寝着である浴衣の裾を邪魔にならないよう帯に挟み込み、必死に足を前へ前へと走らせ両目からとめどなく流れる涙を拭うこともせず外へ飛び出す。
その間も化け物の怒号と生々しい、人の肉を傷つける音が耳に入ってきていた。
(誰か!誰か助けて!!死んでしまう!)
だがここは外と言っても人里離れた山奥である。
いくら必死に走り辺りを見回しても、人の姿など見つかるはずもない。
それでも自分の為に化け物に向かって行った男を助ける為、足や腕を木々で傷付けようとも山を下っていく。
「お願い!誰か……」
ザシュッ!!
突如、背中に焼けるような痛みが更紗を襲う。
「え……?」
何が起こったのか分からないまま随分と滑り落ちていく。
ようやく止まれたのは木に激しく背中をぶつけてからであった。
「グッ……!!痛っ……ゴホッゴホッ!!」
痛みで目眩がするがどうにか目を開き自分が滑り落ちてきた方向に視線を向けると、先程の化け物がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらゆっくり更紗の方へ向かって来ていた。