第1章 月夜
「活きのいいのが、まダ残っていたカ。イヤ…それ以外にも女の……!?マレチの女の匂いガする!」
更紗から姿は見えないものの不気味な足音に老人のようなしわがれた声、言葉の内容から容易に男が言っていた化け物だと理解できた。
それでも目の前にいる血まみれの男を捨て置けず震える体を必死に押しとどめ、傷口に手を当てている。
そんな更紗に男は困ったような笑顔になるが、それは一瞬でかき消し手を優しく離し立ち上がった。
「俺があいつを……引き止めます。その隙に全力で走って逃げろ。最後くらい、あんたの力に……ならせてくれ!」
そう言うと更紗の返事も聞かずに男は扉から駆け出した。
「待って!!」
「オォォォォォーー!あの人には手を出させねぇ!!」
男の後を追うように扉の外に出ると大きく血走らせた目に耳まで避けた口、無数の鋭い牙を赤黒く光らせた化け物が目に入り、またその化け物の動きを止めるように両足に縋り付く男の姿が焼き付く。
「コイツ!離せ!マレチの女を逃がシちまうだろうがぁあ!」
化け物はそう言って鋭い爪で男の背中や腕を深く傷つけていく。
それでもその手を離すまいと必死にしがみついている男を助けねばと、更紗が1歩踏み出そうとするも男の叫びに足を止めることになる。