第9章 風柱と那田蜘蛛山
黒い影は杏寿郎の位置から更紗を挟んで対面だった。
それも一瞬であり、その正体を見破ることは物理的にも精神的にも不可能だった。
だが、もしそれが本当ならばなおの事、今もこうして体温が徐々に下がり弱っていく更紗を置いていくことは出来ない。
更紗の望み通りに杏寿郎がこの場を単身離れた場合、間違いなく連れ去られるか命を奪われるかのどちらかになる。
「それは出来ない」
そう呟き、いまだに体から失われ続ける血と体温による衰弱に体を震わせる更紗を抱え上げギュッと抱きしめる。
「少し揺れるが辛抱してくれ……」
そう言って走り出そうと足を踏み出した途端、目の前に見慣れた人影が音もなく3つ現れた。
「煉獄さん、犯人捜しは宇髄さんと不死川さんにお任せして私と共に一度家に戻りましょう。このままでは更紗ちゃんが危険です」
人影の1人、胡蝶の言葉に杏寿郎は身を強張らせるも、すぐにそれを解き頷く。
「あぁ。宇髄、不死川……すまないが頼む」
「んなこと言ってる暇あんならさっさと戻れ。姫さん、意地でも生きろよ」
「聞きたいことは山ほどあるが、今ァそいつ連れてここを離れろ。家の方が安全だろ」
2人に促され、一度頭を下げてからしのぶと共に全力で……あまり振動を与えぬように夕日に染まる道を家に向け足を動かした。