第9章 風柱と那田蜘蛛山
指輪から杏寿郎に向かう赫い宝石のような瞳が、一瞬何か戸惑うように左右に流れた。
今まで戸惑った姿は何度も見ているが、このようにあからさまなのは初めてで杏寿郎もどう扱ってやればいいのか逡巡する。
「聞いてはよくない事だったか?あまりにも綺麗なもので興味が沸いたのだ。言いにくい事ならば無理には聞かない」
どこまでも優しく微笑む杏寿郎に、更紗は慌てて首を激しく左右に振ってそれを否定し、その場でいきなり足を止めた。
「いえ!違うのです!特に言い辛い事はなくて……では、お蕎麦を買ってからお話しします。杏寿郎君、お蕎麦屋さんはここですよ?」
更紗に興味を惹かれているうちに、杏寿郎は目的地である蕎麦屋を僅かに通り過ぎていた。
「よもや!これは失礼した!」
目を見開き大股で戻る姿はやけに堂々としていて更紗の笑いを誘った。
(笑えるほどの精神的余裕はあり……か。また深刻な話でなければいいが)
図らずしも更紗の笑顔を引き出せた事に安堵するも、こういう時の方の勘は的中する事が多いのが世の常。
そうならない事を祈りながら、店のそばを買い占めていった。
更紗、杏寿郎、蜜璃が揃えば蕎麦の量も山盛りである。