第9章 風柱と那田蜘蛛山
不安からか緊張からか、杏寿郎の心音はいつもよりも速く体温も僅かに上がっている。
このような状態にしたのは自分だともちろん更紗は理解しているので、その不安や緊張が少しでも解れるように広い背中へ腕を回す。
「はい、必ず約束を違えません。付き添っていただくことに関しましては、むしろ心強く有難いです」
しがみつくように自分の胸に顔を埋める更紗を笑顔で見下ろし、杏寿郎も背に回している腕に力を入れる。
すると嬉しそうに笑う顔をピョコと杏寿郎に向け、一言呟く。
「大好き」
「ーーーー!!」
そんな短くも杏寿郎にとって殺傷能力が一際高い言葉に、頭を勢いよく後ろに仰け反らせる。
「杏寿郎君?」
戸惑う更紗を前にいつまでもそのままでいる訳にもいかず、緩々に緩み切った顔を戻し額に唇を落とした。
「愛らしすぎて心臓が弾け飛ぶかと思ったぞ」
「それは褒めすぎです」
クスクスと小さく笑う更紗にもう一度笑顔を向けから少し名残惜しそうに体を離し、小さくも剣士らしくなった手を握って速足で近くに見える小さな川の河川敷へと足を向ける。
「どこへ向かわれるのですか?お蕎麦屋さんはあちらですよ?」