第9章 風柱と那田蜘蛛山
隠は部屋の前まで来ると足早に去って行った。
恐らく帰りも送り届けてくれるので、別部屋で待機しているだろう。
この部屋は他の部屋と違い、廊下と隔てているのは障子ではなく襖だ。
もしかすると、今回のように客人を持て成す客間のような部屋なのかもしれない。
その部屋の前。
更紗は不安げに瞳を揺らせながら襖を見つめている。
きっと杏寿郎では計り知れない思いが胸の内にあるのだろう。
「更紗」
耳元で小さく名前を呼び、壊れ物を扱うかの如くそっと胸に抱き寄せる。
「大丈夫だ、ご両親も心待ちにしていたと聞いている。入ろう」
そう言って更紗の体を離し、その瞳を確認する。
幾分か不安げな色が落ち着き、ほんの少しだが笑顔になった。
更紗の笑顔に笑顔で頷き返し、杏寿郎は襖に手をかけてゆっくりと開く。
2人の目に映ったのは、外見的な特徴が更紗と瓜二つな女性と、柔らかな雰囲気がどことなく更紗を彷彿させる男性、まごうことなき更紗の両親の姿だ。
杏寿郎は一度頭を下げ、その場に立ち尽くす更紗の背を押す。
涙で潤んだ瞳で自分を見上げる少女に笑顔で一言、はっきりと告げた。
「行っておいで」