第9章 風柱と那田蜘蛛山
(これは……良くないな……止まらなくなる)
さすがに傷心の少女に対してこれ以上は憚られ、唇を離して手を握る。
「すまない、愛しすぎるのも時に問題だな。さぁ、藤の花を見に行こう」
「問題ではありません。私はすごく幸せですから」
こんな時に接吻をしても責めることなく受け入れる更紗に、嬉しさと同時に杏寿郎の中に後ろめたさも湧いてくる。
ただここでそれを口にすると更紗が要らぬ責任を感じる事を理解しているので、笑みを浮かべるだけに留めた。
「君の優しさに胡座をかかぬようにしなくてはな!」
そんなことはないと首を左右に振る更紗を誘い、澄んだ空気の中で幻想的に咲き乱れる藤の花の中へと足を踏み入れていった。
果たしたくても果たせなかった約束を自分が受け継ぎます。
どうか天国で安心して両親と幸せに過ごしてください。
あなたがいたから、少女は鬼に打ち勝ち今を生きています。
まだあなたが消えてしまった事を悲しみ悔やんでいますが、
必死に前を向いて生きようとしています。
だから、どうか見守ってあげてください。
咲き誇る藤の花の下で穏やかに笑う少女の未来を。
私は祈ります。
あなたがここに残してくれたモノに対して憂いなく
心穏やかに眠れることを。
満天の星空、満開の藤の花の下で杏寿郎は棗を思い冥福を祈った。