第9章 風柱と那田蜘蛛山
何度も礼を言われ実弥は居心地悪そうに頭をガシガシ掻くも、頬が少し赤くなっているので怒ってはいないようだ。
「あの場で断れる奴いねぇだろォ。待機命令を出したところで聞きゃあしねぇ顔してたしなァ……見た目に反して自分の意志しっかり持ってやがる」
その様子が目に浮かび、杏寿郎は笑みの中に少し悲しみを浮かべた。
「更紗は元々強い意志の持ち主だ。それが自分の為でなく、自分以外の人に関係することならば殊の外強くなり、暴走する事があるので心配になるがな……」
そう言い終わると悲しみを奥に潜ませ、廊下に続く障子に目をやり、実弥に向けて声を出さぬようにと人差し指を自身の唇に当てて静かに立ち上がった。
実弥がそちらに向かう杏寿郎を見て納得したように笑みを浮かべたと同時に、障子が杏寿郎の手によって開け放たれた。
「心配になるが君は本当に俺を飽きさせないな、更紗」
いきなり障子が開き、その前に立ち尽くしていた更紗が驚いたのも束の間、その視界は杏寿郎に抱き寄せられたことにより温かな隊服の色のみとなった。
「すみません……盗み聞きするつもりはなかったのですが、入る隙を見失いまして……あの、少し恥ずかしいです」