第9章 風柱と那田蜘蛛山
「あぁ、そろそろ出発する。てか、てめえもだろォ、煉獄。俺は先に玄関で待ってる。早く準備して来い、煉獄、更紗」
実弥に初めて名前を呼ばれた更紗は顔を綻ばせた後、頬に手を当て何か考えると真面目に質問した。
「私はお兄様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
(不死川をお兄様?!兄として慕っているならばいいのかもしれんが……柱だぞ?!)
杏寿郎がこっそり実弥の様子を伺うと、実弥は少し悲しそうな笑みを浮かべていた。
何か過去を思い出しているような、そんな哀愁漂う表情だ。
「それも悪くねぇなァ。だが外聞的にはまずいだろ……それ以外で好きに呼べ」
そう言う実弥の表情にはすでに哀愁は漂っておらず、杏寿郎もそれを追及はしなかった。
鬼殺隊に身を寄せているならば、過去はさほど誰も変わらないと知っているから。
更紗も実弥のその表情には気付いていたが、話さないのならば無理に聞いていい内容ではないと考え、気付かぬふりをして笑顔で答える。
「では実弥さんと呼ばせていただきます!実弥さん、すぐに準備してまいりますので少しだけお待ちくださいね。杏寿郎君、行きましょう」
「うむ!そうするとしよう!」
仲良く並んで部屋へ向かう2人の後姿を見送りながら、実弥は今は亡き家族の姿を脳裏に浮かべていた。
そしてあと1人……生きてどこかで幸せに暮らしていてほしいと願っている大切な弟の姿を。
「玄弥、元気にやってっかなァ」
小さな呟きは誰に聞き取られることもなく、静かな部屋へと霧散して消えていった。