第9章 風柱と那田蜘蛛山
その様子を見ていた杏寿郎は、更紗の立ち上がり際に頭を撫で、実弥のいる部屋に一足先に入っていった。
なぜ撫でてもらえたのか分からない更紗は僅かに首を傾げるものの、杏寿郎を見ても笑顔で居るだけで答える気配がないので、その理由を知る事を諦めて杏寿郎に続いて中に入る。
2人を包んでいる空気がやけに優しくて穏やかで、今まで杏寿郎から感じたことの無い雰囲気に、実弥の頬が自然と緩んでいった。
「不死川、君は更紗の前だと殊更穏やかな表情になるな!して、ここにわざわざ赴いたのは更紗を迎えに来る事が本来の目的ではないだろう?」
「あ?……あぁ……まァ説明すんのも面倒いからそれでいいわ。俺がここに来たのは預かりもんがあるからだ」
そう言って実弥は自分の隣に置いていた袋に手を入れ、黒い厚手の布を取り出し、更紗に手渡す。
「私にですか?!あの、これは……不死川様が?」
「違ェよ。隠からの礼と詫びだとよ。お前ェ、えらく隠達の間で人気らしいじゃねェか」
更紗は礼と詫びについて頭を全力で回転させるが心当たりはない。
しかも人気と言われてもそれこそ思い当たらず、ただただ首を傾げるのみだ。