第9章 風柱と那田蜘蛛山
だが当の更紗が幸せだと嘘偽りのない表情で言っているのだ、それに水を差したくないし、男としての矜恃を守る為にも痛みをゆっくり深呼吸する事によって抑え込んだ。
「以前にも言ったが、更紗は俺にとって尊敬出来るお姫様だな。こんなお姫様のご両親にお会い出来る事は俺としても嬉しい。幸せすぎて怖くなっているのは俺の方だ……心から愛している、更紗」
杏寿郎はそう言って薄紅色に染まった頬に唇をそっと落とす。
するとその頬に純白の結晶が空からはらりと舞い降りてきて、すぐに透き通る水滴へと変化した。
2人が同時に空を見上げると、先程と同じ純白の結晶……雪がハラハラと空中を舞踊っている。
「雪か…… 更紗と見る初めての雪だな」
杏寿郎の優しい笑みに更紗も笑顔で返し、手のひらで雪を受ける。
「はい!私、実は鉄格子のはまった窓から見る雪は悲しげで苦手でした。でも杏寿郎君が隣にいてくださるだけで、こんなにも綺麗に見えるものなのですね!」
手のひらを空に向けたまま、顔も空に向けて言葉を続ける。
「私はこれまで悲しい事も経験していますが、それよりも杏寿郎君のそばにいられる幸せの方が遥かに大きいのです。だから、笑っていてください。この世の誰よりもあなたを愛しています」