第9章 風柱と那田蜘蛛山
「喜んでもらえて何よりだ」
杏寿郎は頬をすり寄せている更紗の背に腕を回し言葉を続ける。
「日程は急だが明後日を予定している。君のご両親には悪いが、俺達は先の日の見通しが立ち辛い。それに、更紗も早い方が良いだろう?」
十数年、会いたい気持ちを抑えて生きてきたのだ。
特に救い出された当初は、親と杏寿郎を重ね合わせて甘えていたほどである。
そんなこともあったなぁと更紗を上から見つめていると、更紗も胸元から顔を離し、嬉しさからであろう薄紅色に染められた顔を杏寿郎に向けた。
「はい、早く会えることは嬉しいです。でも、私と両親のために杏寿郎君にここまでしてもらえた事も同じくらいに嬉しいのです。杏寿郎君と過ごし始めてから、幸せな事ばかりで怖いくらいです」
その言葉に杏寿郎は困ったような笑顔となる。
更紗はこう言っているが、実際には共に過ごしてからも更紗には心身共に苦痛を伴う出来事が多くあった。
自ら望んだことも含まれるが、並大抵の精神力では堪えきれず、大半の人間は乗り越えることが困難なはずだ。
そんな境遇でありながらも、自分のそばにいると幸せだと言う更紗の強く綺麗な心根に、杏寿郎の目の奥をツンと痛みが襲った。