第8章 お引越しとお宅訪問
「杏寿郎君」
名前を呼び終わると同時に杏寿郎の胸に当てている手から、全力で自分の力を解放し杏寿郎の体全体を白銀の粒子で纏わせる。
「え?」
思った通り、驚いた杏寿郎は腕の力を緩めた。
その隙をついて更紗は腕の中から飛び出し、全速力でその場から走り出した。
一瞬の出来事で杏寿郎は呆然としていたが、その顔を黒い笑顔で満たし離れゆく更紗を見つめる。
「柱である俺から隙を作るとはな!さすが俺の許嫁、いい度胸だ!そちらがその気なら、こちらももう容赦は必要ない……な!!」
その言葉通り、杏寿郎は容赦ない速度で更紗との距離を詰め、細い腰に腕を回しそのまま脇に抱え上げる。
「ずるい!」
「ずるくなどない!自分の持てる力を出しただけだ」
更紗が杏寿郎を見上げると、今まで見た事のない黒い笑みに喉をひくつかせ、恐怖から本能的に涙を流す。
「何か言う事はあるか?なければ嫌われようとも無理やり連れ戻すだけだが!」
「ありますよ!私だって好きで離れるわけじゃないもん!杏寿郎君が大好きだからずっとそばにいたい!嫌いになんてなれるわけない!だからこそ離れようって決めたのに!」