第8章 お引越しとお宅訪問
玄関に続く廊下の角を曲がると、天元が壁にもたれるようにして苦笑いを浮かべながらしゃがみこんでいた。
「姫さん、やっぱ出てったな。出ていく時、何か言ってたか?」
杏寿郎は既に乾いているが、涙の落ちた手を僅かに見やってから天元の顔を見る。
「頑固者の婚約者殿は離れたくないそうだ」
そう言う杏寿郎の表情が嬉しそうに見え、天元はホッとため息を着くと更紗の向かった方向を伝える。
「門を出て左、トボトボあるいてるからすぐに追いつける。けどすすり泣いてる声も派手に聞こえる……早く行ってこい!」
天元は勢いよく立ち上がり、笑顔で杏寿郎の背中を平手で強く叩いて、追いかけるよう促した。
天元も杏寿郎と同様、更紗を心配して起きて待ち、その常人離れした聴覚で杏寿郎が後を追いやすいように動向を探ってくれていたのだ。
「宇髄の聴覚は変わらず凄いな!感謝する!」
杏寿郎は天元に笑顔を向けると、早足で玄関へ向かい静かに外の夜闇へと消えていった。