第8章 お引越しとお宅訪問
((痛々しい……))
2人が見つめ合って互いに同じ事を感じた。
更紗は自分を想い悲しむ姿に、杏寿郎は婚約者の辛い運命を想い……
「杏寿郎君、私は恵まれ過ぎています。杏寿郎君がそばにいてくださるようになってから、千寿郎君、お義父さま、天元君に柱の方々にお館様、棗姉ちゃん。全て杏寿郎君が引き合わせてくれました。こんなに沢山の幸せを与えてもらって、それ以上望んだらバチが当たります」
笑っていなかった目元に僅かに感情が籠るも、それはまるで惜別を彷彿させるような悲しく切ないものだった。
「だが、君を想う心は俺が強制させたものではない。更紗が自分で引き寄せ留めているものだ。だから、それを手放さなくていい、俺にはもっと望んでくれていいんだ」
一瞬惜別の色が薄まるも、瞬き1つでそれはなくなってしまう。
更紗は精一杯、今出来る限りの笑顔で杏寿郎の言葉に応える。
(君は本当に頑固者だな。持って生まれてきたものだから仕方ないかもしれんが……少し寂しいな)
いつまでも自分から頼ろうとしない更紗に内心物悲しさを覚えるも、それを口には出さずこれから起こるであろう出来事に備えることにした。
「今日はもう遅い、また後に話そう」
そう言って更紗を布団に寝かせ、自分も布団に入ると少し指先の冷えた細い手を握って目をつぶった。