第8章 お引越しとお宅訪問
杏寿郎は更紗の頬に自分の頬を擦り寄せ、小さく笑いながら目をゆっくりつぶる。
「更紗にとって俺が春の日差しならば、君は俺にとって優しい光で全てを包み込んでくれる月明かりだ。だからこうして貰えるだけで、更紗が思っているよりずっと心穏やかになれる」
そうして首筋に唇を落とすと一瞬後には規則正しく小さな吐息が零れ、更紗の首を静かに刺激する。
「杏寿郎君?」
更紗の声に反応はなく、目も閉じられたままだ。
(寝ちゃいました!これだとお顔が見えないっ!)
顔を動かしてしまうと起こしてしまいそうで更紗がそのままの格好で固まるしか出来ずにいると、入口から遠慮気味な小さな声がした。
「更紗さん、もしかして兄上はお休み中ですか?」
千寿郎だ。
槇寿郎にこの状態を見られるよりは幾分か気持ちは楽だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
だからと言ってあの優しい少年を無視すると言う選択肢は更紗にはないので、杏寿郎を起こさないよう慎重に頷く。
「上に掛けられるものを持って来ます」
更紗の後ろ姿しか見えないが頭の動きを確認してくれたのだろう、千寿郎は足音を立てず上掛けを取りに行ってくれた。