第26章 月と太陽
今まで甘えさせてほしいや抱き締めてほしい……と願われたことは何度かあったが、口付けをしてほしいと願われるのが初めてだった杏寿郎の顔には更に深い笑みが刻まれる。
「なんとも愛らしく嬉しい願いだ」
恥ずかしそうに頬を赤く染めながら微笑む更紗へ、ふわりと触れるだけの口付けをして離れようとしたが、胸元に当てがわれていた更紗の手が杏寿郎の頬を優しく包み、もう少しと言わんばかりに自ら口付けを交わしてきた。
(あぁ……愛らしいな。このまま押し倒したくなる)
なんて事を考えていると更紗の唇がゆっくりと離れ、今度は勢いよく杏寿郎の胸の中に顔を押し付けていった。
「フフッ、君からの願いだったのに恥ずかしいのか?」
「凄く……恥ずかしいです。でも、それ以上に幸せで夢ではないかと疑ってしまいました」
モゾモゾと身動ぎして顔を上げた更紗の頬にはもう涙は流れておらず、全てのしがらみから解放された年相応の女子の満面の笑みがあるだけである。
その更紗の満面の笑みが、杏寿郎が何より望んでいた笑顔だ。
「夢ではない。俺は更紗の曇りない笑顔を毎日見れると思うと、幸せで涙が出そうになる」
「では涙が出たら私はもっと笑顔でいます。杏寿郎君が笑顔に戻れるように」
更紗の体調が戻りようやく始まった穏やかな日々の1日目、今までの分を補うように2人は寄り添いながら過ごした。