第1章 月夜
「あちらの男性が、君を庇ってくれた人か?」
返事こそ返せないようだが、わずかに首が上下する。
煉獄はもちろん更紗でさえ一目見ただけで、男の命の灯火が消えていることが理解出来るほどの損傷。
歳若い少女が懸命に暗い山道をたった1人、身体中につく傷や泥も省みず走ったが間に合わなかった。
「君のご家族なのか?」
今度は首をフルフルと左右にふる。
「ふむ……とにかく君の命の恩人だ。俺たちの手で弔ってやろう。俺が外まで運ぶから、君は辛いかもしれんが歩けるか?」
「はい、自分で歩けます」
そう答えたものの煉獄が男を背に担ぎ終えても、時間が止まったかのようにピクリとも動かない。
(1人で立ててるだけでも奇跡だな。かと言って外に出ねばならんし、あとひと踏ん張り頑張ってもらうとしよう)
煉獄はおぶっている男を片手で支え空いた方の手で更紗のダランと垂れている手を握る。
すると止まっていた時間が動き出し煉獄の瞳を見た。
「ここにはもう鬼の気配はないし、俺がついてるから大丈夫だ。ゆっくりでいいから、ついておいで」
優しい穏やかな笑顔を向けられ更紗はようやく言葉らしい言葉を返した。
「は……はい。本当にありがとうございます」