第19章 音柱と美しき鬼
翌朝、温かな陽の光で更紗が目を覚ますと既に杏寿郎は目を覚ましており、穏やかな笑みを浮かべながら銀色の髪をゆっくり梳いていた。
「おはようございます、杏寿郎君」
「おはよう、更紗。相変わらず君は朝が早いな、よく眠れたか?」
返答しようと昨晩のことを思い出したが、みるみる顔に熱が上がっていき両頬を押さえて視線を杏寿郎の顔から逸らした。
「はい……昨日はワガママを聞いてくださってありがとうございます。その……いつもより寝覚めがよく、とても幸せな気持ちです」
視線がウロウロとさまよった後、杏寿郎の反応を伺うように再び戻ってきて目が合うと小さく笑みが向けられる。
そんな更紗の表情や言葉が杏寿郎の笑みを更に深めさせると共に、これからしばらく見ることも聞くことも出来ないと思うと物悲しい気持ちになった。
「更紗の我儘は俺にとっても嬉しいものなので我儘に入らんが……幸せな気持ちになれたのなら良かった。俺も今、すごく幸せだ」
少し離れていた更紗の体に腕を伸ばして抱き寄せると、ホッと安心するような吐息が漏れたのが感じ取れ、もう少しこのままいたい気持ちになるが、今日から柱稽古が始まるのであまりゆっくりしている時間もない。
「そろそろ準備をせねばならないな。起き上がれそうか?」
「はい、今日の分だけでも剣士たちの分もご飯を用意しますね!少しでも杏寿郎君が稽古に専念できるように」
杏寿郎の制止を振り切り、素早く身支度を済ませた更紗は大量の握り飯とおかずをこさえて旅立つ準備を整えた。