第16章 柱と温泉
話しが通じない。
以前に鬼になどならないとあれほど言ったにも関わらず、執拗に鬼となれと迫ってくる。
それなのに更紗を拘束する力は、何故だか痛みを感じないように配慮されている。
鬼にしたいならば痛め付けて無理矢理にでも更紗自ら鬼になると言わせてもいいものだが……
今もそうだが以前に闘った時の言動も重なり、悲しげに揺らいだ猗窩座の顔が脳裏に甦った。
「貴方も……守れなかった人がいたのですか?」
再び猗窩座の瞳が悲しげに揺らめく。
それに伴って拘束する力も弱まったので、更紗は猗窩座の手から自分の手首を抜き取りゆっくりと拘束から逃れた。
「そんな悲しい顔しないで……貴方を斬れなくなってしまう」
今の猗窩座と同じような表情を更紗は幾度となく見てきた。
初めて見たのは棗との合同任務の時、妻を目の前で殺されてしまった男性が同じ顔をしていた。
悲しみに打ちひしがれるような、こちらの胸が締め付けられる表情だ。
思わず目の前にいるのが鬼だと忘れ、その腕に手を伸ばしてしまうほどに。
「やめろ……触れるな!」
大きな声に更紗の手は腕に触れる寸前で止まった。