第16章 柱と温泉
実弥は少し迷ったが、今までを思い返しても任務で暴走する事はあったが余計な言葉を吐かれたことはなかったので、隣りに座るくらいならばと頷き座るよう促した。
「ありがとうございます。ではお隣り失礼しますね」
ちょこんと両膝を抱えて座り暫く……
何も言葉を発しない。
本当にただ失礼して隣りに座っているだけだ。
だが実弥にとって慰められたり宥められたり、変に気を遣われ永遠と話しかけられるよりも遥かに居心地が良かった。
(煉獄が全力で守りたがる理由……こういうところなんだろうなァ……まぁ、俺がこいつの相手だとしたら身が持たねェ自信しかねぇわ)
そんな柱の胃を煩わせるのが得意な更紗をチラと横目で見やると、口許に僅かに笑みをたたえながらどこを見るでもなく、ただ静かに目の前の風景を瞳に映しているようだった。
「なァ、更紗」
「はい」
目の前の風景を映していた瞳が柔らかく細められ、実弥の姿を映す。
少しこのままいたい気持ちになるも、もうそろそろ試合が再開されるので諦めて息をついた。
「煉獄のそばは幸せか?」
答えなど分かりきっているが、なんとなく気になった。
兄だと慕ってくれる更紗の口から幸せだと聞きたかった。
殺伐とした命の遣り取りを強いられる環境でも、特定の人物のそばで幸せを感じられるのか、と。
更紗はその質問を予想もしていなかったのか目を丸くして驚いていたが、すぐに頬を赤らめて満面の笑みとなる。
「はい!幸せで怖いくらいです」
「そうかよ、それは何よりだなァ」
実弥が穏やかな笑みになった瞬間、本日の最終試合開始の声が上がった。