第16章 柱と温泉
眉を寄せその痛みと必死に戦う更紗を見た実弥はフッと表情を和らげて木刀を腰へ戻した。
その表情が先程までのそれとあまりに差があり、悔しさや安堵が更紗の胸の中で入り乱れ堪えていた痛みが急に増していく。
「そんなに優しいお顔なさらないで下さいっ!せっかく我慢してたのに……弟さんがいらっしゃるのに」
更紗の言葉に実弥は弟の玄弥をチラと見遣るが、すぐに視線を更紗へと戻した。
「ハァ……気ぃ遣わせちまって悪かったなァ。俺は煉獄のように守りたい奴をそばに置いておけるほど余裕ねぇんだ。嫌われてもなんでも、穏やかに過ごさせてやりてぇ……煉獄呼んでくっから待ってろ」
「い、いえ!待ってください!自分で戻れます!悲鳴嶼様!私の負けです、後ろに下がります!」
自分に向けられた背が少し寂しく映り、更紗は慌てて自ら負け宣言を行冥へ高らかに告げて、振り返って待ってくれている実弥のそばへ駆け寄った。
「何笑ってんだァ?」
「フフッ、やっぱり実弥さんはお優しい方だと思っただけです」
悔しさや安堵から瞳を覆っていた涙は、今は長いまつ毛を僅かに濡らすだけとなっていた。
本格的に泣いてしまう前に笑顔へと戻った更紗に胸をなで下ろし、実弥はクシャッと銀色の髪を少々乱雑に撫でながら待機場所へと戻った。