第16章 柱と温泉
ふと更紗の瞳が悲しみに揺れる。
明日が来ると信じて疑っていなかった人が無情にも未来を奪われる瞬間を幾度となく見てきた。
数日前に話していた剣士が血を流し事切れた姿を目にした時の絶望感や虚無感はいつまでも消えず胸の中に残っている。
つまり実弥は未来を絶たれてしまう人をこれ以上見たくないのなら、これをただの練習試合でなく実地訓練と同じ気持ちで挑み本気を出せと言いたいのだ。
「諦めません!」
本人は至って無意識かつ無自覚。
更紗の意思とは関係なく、首筋は薄紫から始まり頬に近付くにつれて橙の痣のようなものが浮かび上がってきた。
それが浮かび上がると同時に天元が言っていたように更紗の力が増し、鍔迫り合いをしていた木刀を振り切ってその勢いのまま後ろへ飛び退いていった。
あまりの変わりように実弥は目を見開き驚くが、そんな驚きはすぐに消し去り真剣な表情へと変化させる。
「今の言葉、忘れんじゃねェぞ!俺をその鬼と思って」
「忘れませんが、実弥さんを鬼だなんて思いません!実弥さんは私の2人目のお兄様だと思っていますので!」
「ハッ!そうかよォ!兄貴に罠仕掛けるような可愛い可愛い妹を教育し直してやらァ!」
罠のことを早く忘れてくれますようにと更紗は心から願った。