第16章 柱と温泉
「はい。嬉しいです」
もう寂しくて泣いているのか嬉しくて泣いているのか難しいところだが、杏寿郎の腕に当たっている更紗の肩の力が抜けたので嬉しいのだろう。
「もう泣かなくていい。ほら、顔を上げなさい」
杏寿郎は自分の腕を僅かに下へずらし更紗の顔を出させると、袂から小ぶりの手拭いを取り出して顔を拭いてやり、もう一度ギュッと後ろから抱きしめ直した。
するとようやく更紗の顔に笑顔が戻り、それに天元もホッと一心地ついたのか小さくため息をこぼして気になっていたことを口にした。
「そうそう、煉獄知ってるか?姫さん、クソ鬼になんか塗りたくってたんだぜ?それはもう派手に傷口に塩を塗り込む感じでな!人の想いがなんたらって言ってたが……しかもその後、クソ鬼の動きが鈍くなりやがったんだよなぁ」
「傷口に塩?!おぞましいな!だが、更紗は鬼に有効な毒など持っていないはずだが?胡蝶に何か貰ったのか?」
泣きすぎて目が重たいのか、目をシパシパさせながら更紗は首を左右に振って否定した。
「杏寿郎君が以前にしのぶさんに作ってもらって、私にくださった藤の花の練り香水です。鬼に使うのは……と悩んだのですが、すみません……使っちゃいました」