第74章 な ん て ね
「ただいま…」
刺される。
そう思ったけど、その前にガチャンとか、ドタドタとか音が聞こえたし、那由多の動きが止まったのがわかった。
実弥が帰ってきた。
「」
いつもみたいに私の名前を呼ぶも、キッチンで行われている異様な光景に気づいたらしい。
どさ、と荷物か何かが落ちた音がした。
「………」
彼がいたことはわかっても、状況は変わっていない。
私は那由多から目が離せなかったから、実弥に答えることもできなかった。
ただ、最悪のタイミングだと思った。
那由多は明らかに動揺していた。実弥が帰ってきたことをありえない、とでも言うように。
動けない。
どう動けばいいのか。どうすれば一番いいのか。そう思ったけど。けど、動かない方がいいって本能が言ってるんだ。
足が動かない。
次の瞬間、実弥が目の前に飛び込んできた。
そして那由多はぐしゃっと変な音を立てて地面に叩きつけられていた。
「この野郎」
実弥は静かだった。でも怒っているのがわかった。
カラン、と那由多の握っていたナイフが落ちて床に転がった。
「待って、だめ、やめて」
実弥が拳を振り上げたところでやっと動けた。私はなんとか実弥の体を那由多から引き剥がした。
「離せ!!!お前、自分が何されていたのかわかってんのか!!」
「お願いだからやめて、おとなしくして」
「ッこいつ、DRIZZLEの社長だろ!!なんでここにいるんだよ!!!」
「お願いだからこれ以上刺激するようなこと言わないで…!!」
那由多は床に倒れたままピクリとも動かない。気絶したわけでもない。ただぼうっと床に寝転んでいた。
私の家族のヤバさは私が一番わかっている。何がトリガーになるかわからないんだ。今おとなしいんだから、これ以上余計なことをするのはダメだ。
「……キッチンから、出よう」
私がそう言うと、まだ納得できていないようだが実弥は私を支えて言う通りにしてくれた。
そうしてキッチンからリビングのソファーのところに移動したが、那由多はそれでも動かなかった。