第73章 さようなら、霧雨
そこには那由多がいた。
那由多の手には夢の中と同じ、きらりと光るものが。
「気づいたんだ。」
那由多の後ろの壁に皿が当たって粉々に割れた。あっさり避けられた。
「おかしいな。みんな、俺の気配はわからないのに。」
「…気配は存在しなくても、殺気はあるから……」
「へえ。すごっ。」
私はなるべく那由多と距離をおこうとしたが、ここは狭いキッチン。…不利だな。
ただでさえ妊娠中だから、動けないのに。
「……童男は気づかなかったのに。」
「………」
「俺ね、もういらないんだ。」
「何が?」
「家族」
那由多はにこりと笑った。
「君の旦那くんはどう思うかな。自分が仕事に没頭している時に、妻がお腹の子供もろとも殺されていたらさ。」
彼はナイフを振り上げた。
ああ、もう。
(だから早く帰って来てって言ったんだあの馬鹿)
そう思ったのに。
(嘘つき)
最後に、
走馬灯みたいに、流れてきた映像は。
________
私の名前を呼んでいる君だ。
ああ、そうか。
ザザッと頭に映像が流れる。
実弥がおはぎを抱っこして立っている。
実弥もおはぎも次の瞬間にはいなくなる。そして背景のこの家の壁さえも見えなくなる。
(そっか)
私は那由多の目を見つめた
(いなくなるのは、私か)
あの映像の、未来予知の真意がわかった。
馬鹿みたいだなぁ。
最後に出てくるのが、実弥の顔とか。
もっと、なんかさ。
他にいっぱいあるじゃない。
(……実弥)
_______助けて
なんて、心の中で呟いたところで、ナイフは振り下ろされた。