第65章 相性最悪
《水をすくうことに命をかけた人間を、嘲笑うのなら許さない。》
《それぞれの場所で花が咲く。その花は人間を笑っている。咲いた花こそ頂点だと、人間を馬鹿にしている。》
《だから人間は花を踏む。》
《人間は花のために命をかけて水をすくうのに、花からありがとうの一言も言われたことはなかった。》
《花になったらダメよとあなたは言う。》
《人間になったらダメですよとあなたは言う。》
《けれど何かになってねとあなたは言う。》
《私は言った。》
《ならば何にもならないと。》
『お母さん』
リビングの机で泣く母に声をかけた。
『大丈夫?』
この日は父親の機嫌が悪かった。私だけじゃなくて母も殴られていた。母の頬は赤紫に腫れていて、私のお腹はドス黒い色になっていた。
暴れた父はスッキリしたのか自室にこもっていた。もちろん謝罪の言葉はない。
『うん』
『そっか』
『…よく他人の心配ができるね、あんた』
母は笑いもせずに言った。
他人、という言葉がショックだった。家族なんだけどって思った。
でも、家族なんてものは、血が繋がっただけの他人だ。
『あんたは将来、何になるのかねぇ。』
母は疲れた顔をしていた。
『クッキー食べる?』
思い出したようにそう言われた差し出されたものを私は受け取り、ありがとうと言った。断れば怒られるのはわかっていたから。
母親はこの環境に罪悪感があるわけではないようだ。今だって、父親に殴られる私を助けなかったこととか、その間に罵詈雑言を浴びせたことを申し訳ないと思っているわけではない。
私にクッキーをあげるという行為に満足しているに過ぎない。
だから、私がクッキーをいらないと言うと怒る。それは母親が満足している行為を真っ向から否定することだから。
一つの間違いも許されない。
私はこの家でずっと頭を働かせている。
そしていつも間違える。何年付き合っても親のことは理解できなかった。
『あんたは将来、何になるの?』
母は再び聞いてきた。
『何にもならないよ』
『夢がないわねぇ』
夢がないのだって、別にいいじゃん。夢がある人間が何かになれるとは限らないんだから。