第9章 置き土産の正体
日常が戻ってきた。
けれど、何もかもが元通りということにはならなかった。私はまだ仕事ができていないし、満足に動くこともできない。それがとても嫌だった。
体が動かないのはしょうがないとして、仕事は今すぐ何とかしたい。辛いこともあるけれど嫌いな仕事ではない。むしろ好きだ。
しかし、実弥が一切許してくれなかった。
「何でダメなの?私、絵は描けるよ。前みたいに長時間はしない。それはちゃんと約束する。皆が心配してくれていたのを聞き逃していた私が悪いってことはわかってるから。」
「ダメだ」
ほら、今だって。テーブルに二人で向き合って座り、もう1時間ほど同じことを言い合っていた。
さっきからずっと説得しているのに頑なに認めてくれなかった。
「もう仕事はやめていい。」
「…はあああ?」
「…俺はそう思う。」
「な、ん、で、あんたが私の行動を制限すんのよ!!!」
その言葉にカチンときて、机を一発叩いてしまった。
「春風さんが近いうちにここに来て話してくれる。仕事はそれまで待ってくれ。」
「……どうして私のいないところで話が進んでるの…ッ!!」
その質問に実弥は答えなかった。
「あと。…あとな。」
けれど責めるつもりになれなかった。
だって、あまりにもか細い声だったから。急に態度が変わった。彼は俯いた。顔が見えなくなった。
「…明日、胡蝶がここに来る。お前に話してもらいたいことがあるんだ。」
「え?カナエ?」
「妹もな。」
「何でよ。」
「…明日まで待ってくれ。」
実弥は続けた。
「阿国も来る。」
「……阿国って。」
病院で聞いた名前だった。
私が夢に見ていた、彼女。
「俺はお前に隠していたことがある。それを知られるのが怖かった。だが俺はもう秘密にはうんざりだ。今回の件で思い知った。全部話す。でも、自分で話す勇気がない俺を許してくれ。」
彼の表情は最後まで見えなかった。
最後に一言、ごめんなと言い残して実弥はその場から去っていった。一方的に話されて、訳がわからないことばかりだ。
だけど、不思議とその背中を追いかける気にはならなかった。