第59章 雪嵐
怒る優鈴に平謝りを繰り返し、少し落ち着いたところを見計らっておいとまさせてもらった。
帰り道、車の中で実弥は私に謝った。
「悪かった」
「何が?」
やたらとみんな私に謝ってくるけど、私にはなんのことかさっぱりだ。
「……鼻ァ」
「あぁ」
そして説明されてようやく理解する。
そうだ。実弥のエルボーで鼻血が出たんだった。
「いやぁ、気にしてないよ。」
「……気にしろ。ほんっとにお前は三歩で何もかも忘れやがる。」
「えへっ」
運転手の彼が後部座席に座る私の顔を見ることはできない。それは私も同じこと。車の中の顔が見えない会話はどこか寂しく感じる。
「怖かったんだろ。…本当に悪かった。」
「いいよ。そもそも、私が一番最初に余計なことしたんだもん。」
初手で竹刀を投げたのは私だ。あれがなければ平和だったのかもしれない。
「…優鈴がお前に竹刀を投げた時。」
「うん?」
「もう既に怒ってなかったんだと思うんだ。」
その時のことを思い返す。
ビックリして、優鈴の感情を正確には読み取れていなかったことに気づいた。…果たして、怒っていなかったのだろうか?
ただ、あの時竹刀を避けなきゃとは思った。けれど、私の体は反射的に固まった。その場から動かないという判断をしたのだ。
あ、この竹刀は私には当たらないな……と、思ったときにはもう竹刀は私の顔の横に飛んできていた。
「なんでそう思うの?」
「…お前の投げた竹刀、優鈴がキャッチしただろ」
「うん」
「そうでなきゃ、俺の目に当たってた」
実弥の発言に私は驚く。
体が一気に冷える気がした。
「やばいと思った。けど、もうかわしようがないから受け流そうとしたんだが、アイツが止めた。その時にはもう正気だっただろうなァ。」
「………」
「怒った“ふり”だったんだろ。」
実弥は言う。あぁ、その通りだ。
優鈴は優しいから。
私の竹刀が実弥の目に当たりそうだった、だなんて言わなかった。言えなかった。だから、誤魔化した。
「優鈴の歪んだ優しさだけは理解できねェな。は周りが見えなくなんの、本当に気を付けろよ。」
「……ごめんなさい」
口からでる言葉はそれだけで、車内は家に着くまでしんと静まり返っていた。…優鈴に、ありがとうって言わなきゃな。