第50章 鬼、鬼、鬼
「師範……ッ!!!」
背を向けていて良かったと思う。
顔なんて見れたものじゃない。
確かに、私に背後にいたのは無一郎くんだった。
その声を聞くだけで暑くもないのに嫌な汗が噴き出し、手が震えた。
「…無一郎か」
私と向き合っている巌勝は彼を真正面で捉えたらしい。
「…なんでアンタがここに…!?」
「お前こそ、中学校の授業はどうした?」
…よくわからないけど知り合いなのだろうか。いつもなら素直に疑問を投げかけるのだが、今はそんな余裕がなかった。
「師範、大丈夫ですか」
無一郎くんが私の腕を引っ張った。驚いて振り返ってしまって彼と目があった。やはりあの青い目は変わっていない。
「僕、学校で師範の姿が見えて追いかけたんです…。この人に何かされてませんか。」
「………」
完全にかたまってしまった。
最後に会った時、あんなに突き放したのに、この子は。
どうして何をしてもこの子は私に構ってくるんだ。鬼殺隊の頃から何も変わっていない。
でも。
今度こそ、私はこの子を突き放すって決めた。絶対受け入れることはしない。
私は無一郎くんの手を振り払った。
「…師範?」
「巌勝、行こう」
私は歩いた。無一郎くんは素早くまた私の腕にしがみついた。
「師範、ダメです、忘れたんですか。ソイツは師範を。」
早口でそう言われても何も答えららなかった。
どうしたらいいのかわからなかった。また手を振り払おうとしたけれど、うまく力が入らなかった。
「お願い」
結局、無視を続けることはできなかった。
「私に関わらないで」
顔を見ることもなくそう言った。無一郎くんは私を離すどころかさらに力を強めた。
「嫌です!僕は師範と一緒がいいんです!!」
私は頭が真っ白になった。
考えろ、考えろ。こんなときはどうすればいい。どうやって。
「無一郎」
そのとき、巌勝が口を開いた。
「もうやめろ。…の手を離せ。別に私たちは今も敵対しているわけではない。」
「…は?」
「行くぞ。」
巌勝が無一郎くんの手を私から離してくれた。背中を押されるがまま車に乗り込み、ようやく息を吐き出した。