第49章 ジハード
「“透き通る世界”」
巌勝は小さな声で説明してくれた。
「私はお前の体を透かしてみることができる。」
「え」
咄嗟に体を隠すように抱きしめたが、彼は呆れたように首を横に振った。
「お前の裸体なんぞ興味はないから安心しろ。見えているのはお前の筋肉の動き、血管の流れ…呼吸などだ。」
「…へ?スケルトンってこと?人体模型みたいな??」
「……まあ、それでいい。」
巌勝はため息をついた。
「お前はこの領域には到達しなかったか。この世界に入ったものは、無駄な動きをすることがない。つまり、無尽蔵に近い体力を手に入れる。植物のように穏やかになり、たとえ戦闘中でも闘気や殺気を発することがなくなる。」
「…そんなものが」
知らなかった。
「それで、あなたは私の体の中を…その、見たっていうの?」
「ああ。」
「……何だか、今もう一回あなたと闘っても負ける気がする。全盛期の私でも無理だわ。」
ぷくっと頬を膨らませた。
そうだった。巌勝は私より遥かに上。…本来は遠い存在なんだ。今こうして話しているのが奇跡なくらい。
「それは、お前に教えを伝える師がいなかったからだ。…本来なら、もっと長く生き……もっと強く美しい女となっただろう。」
巌勝はふっと笑った。
「痣も透き通る世界にも到達せずに私の頸を落とす寸前までお前は闘ったのだ。誇れ。」
「…負けは負けよ!」
その笑顔が憎く思えて、上から目線が悔しくてまた頬を膨らませた。
「さあ、長話にをしていても仕方がない。送っていこう。」
「…あの、たまには体を動かしたいんだけど。」
「ならば車と並走するか?」
「無茶言うな!」
「大人しく乗れ」
終いにはアゴで指示を出された。
くっそうコイツ、どこまでも上から目線だあああああ…って、まあ、私より上なんですけど。
「運動がしたいのなら付き合う。神社まで連れて行く。」
「神社限定なんだ」
「にとって安全な場所はもうそこくらいだ。」
「はあ、嫌な世の中だわ。」
私は肩を落とした。
しかし次の瞬間、危険察知というか、アンテナが働いた。
一番感じたくはない気配を感じ取った。
「どうした?」
巌勝の声にハッとする。私は早足で動き出したが、間に合わなかった。