第33章 みんなの幸せ
二人でまたまた移動する。
母子手帳はあっさりともらえた。妊娠したら申請をしないといけないらしい。まあ、赤ちゃんがいますよって役所に届け出るんだ。
パートナー…つまり、夫を書く欄が真っ白なことに計り知れない不安を感じた。
…ああ、馬鹿だなあ。
自分でこの道を選んだのに。なんだか、お腹の子供のことも他人事みたいに思える。
「うんうん、上出来じゃないの。」
助手席ですっかり黙り込んだ私に気を遣ってくれたのか、アリスちゃんが朗らかに言った。
「なんかママらしいわ〜。ちゃん、偉い偉いだよ!」
「そ、そうかな…。」
私は窓の外に目を向けた。
「…ねえアリスちゃん。」
「なあに?」
「ありがとう…本当に。」
そう言うと、彼女はゲラゲラと大きな声で笑った。
「あったりまえよ。アリスの大切な友達だもの。ていうか、こんなこと初めてでドキドキしちゃってるのよね。」
「……」
「最高に楽しいってことよ。今日は懐妊祝いに良いもの食べましょ!」
アリスちゃんは鼻歌交じりにそう言った。
…。
ああ。そうか。
この子といると安心するんだ。アリスちゃんは、どんな時でも笑顔でいる子だった。
ウジウジしている私とは大違い。……どことなく、アマモリくんに似ている。
私はみんなが幸せならそれでよかった。
みんな、それは違うって言った。もっとこうしたほうがいいとか、ああしたほうがいいとか。
みんなが言うならそうかと思った。でも、よくわからなかった。わからないんだ。本当に、何一つとしてわからない。
私はみんなが幸せなら自分がいらないと思っていた。でも、やっぱりみんなと一緒にいたいと願ってしまった。
このままじゃ離れられなくなる。誰かの幸せより自分の幸せを優先してしまう。それが怖くなった。
誰が、誰が理解してくれようか。
きっと誰もわからない。わかって欲しいとも思わないけれど。
私はもう疲れてしまった。自分の幸せがどうとか、もうそんなものはどうでもいい。
「お魚が食べたいな。」
「じゃあ煮魚ね。お頭つきがいいかしら。」
しばらくは、海のそばでひっそりと暮らそう。