第33章 みんなの幸せ
すぐにでも出ていくつもりだったけど、それはやめてほしいと言われたので一日だけ延長した。
部屋はすっかり片付いた。空っぽの部屋だけが残った。思えば、ここにはあまりいられなかったな。
……。
最後というのに、お互い交わす言葉は何もない。
「にゃあ」
空っぽの部屋でおはぎが鳴いた。何だか寂しそうだった。
「おいで」
腕を広げると、おはぎは私の胸に抱きついた。ぎゅっと抱きしめてやると、喉をゴロゴロと鳴らして私に擦り寄った。
「元気でね。長生きするんだよ。」
おはぎはまた鳴いた。
すぐには出て行かないで欲しいと言ったくせに実弥はずっと不干渉だった。しかし、唯一顔を出ていく直前に顔を見せた。
「駅まで送るか?」
車の鍵を持ってそう言ってくれたけど、首を横に振った。
「おはぎはお前が連れていったらいいんじゃねえか?」
「無理だよ、家猫なんだから慣れた場所から離しちゃかわいそう。」
実弥の足元でおはぎはぐるぐると徘徊していた。…まあ、ここから出ていく私がかわいそうとか言える立場にはないか。
「なあ、連絡したら返事してくれるか?」
「…。」
あ、考えてなかった。これで終わりだと思ってたけど、そんなことはなかったのか。
「わかんない。」
誤魔化さずにそう伝えた。
「…まあ、気が向いたら返事くれよ。どうせお前、実家に帰るわけじゃないんだろ。たまには帰って顔見せてやれよ。」
よくわかってるなあ、と呆れるほど感心してしまう。恋仲でなくとも、ずっと一緒にいた幼馴染だから当然なのかもしれない。
「うん。色々とありがとう。じゃあね。」
「……」
終わりは随分とあっさりしていた。
外に出ると、違う世界にいるような感覚に陥った。ああ、本当に終わったんだなと実感が湧いた。
私は小さなスーツケースをガラガラ言わせながら引きずり、目的地へと向かった。