第30章 晩夏、初秋
実弥の機嫌が悪い。
なんかずっとイライラしてる。
例えば、本を読んで床に置きっぱなしにしてるとそれだけで怒鳴ってくるし、食事中に魚の骨が喉に詰まったりするとそのままご飯食べなくなっちゃうし。
イライラすることって私もあるから良いんだけどさ。何があったのかも別に知ろうとも思わないし。
悲鳴嶼先輩と二人っていうのが悪かったかなあ、と思ったがどうやらそうではないらしい。少なくともあの日は小言も何もなかった。
となれば。
原因はこの家ではなくて外にあるということ。……そうなら穏やかに波が過ぎていくのを待てばいい。
…私はカルシウムたっぷりの食事を用意していればそれでいい。
なんか懐かしいな、この感じ。お父さんとお母さんと暮らしていた時みたい。私はずっと波風立てないように静かに時間を潰してたっけ。
もっと他にやり方あったんだろうけど。…私は二人と付き合うのが下手くそすぎたのかも。
けど、全てを解決してくれるのはどうせ時間だ。
私はただじっとしていればいい。
「おい」
まあそんなこと考えてる今もすげえイライラしていらっしゃるんですけど。え?なんかしたかな。私テレビ見てただけなんだけど。
「何?」
「明日は出かけてくる」
と言うので、内容のない伝達事項にホッとした。
「わかった。行ってらっしゃい。」
無難な返しをすると、実弥は大きなため息をついた。
「なあ」
「んー?」
テレビではお笑い芸人がくだらないことをベラベラと話している。
「……」
「なに?」
実弥がぐいっと私の腕を引く。
え、と驚いているうちにずるずると引きずられる。
テレビもつけっぱなしだ。どんどんその音が遠ざかっていく。
「え、ちょっと、待って」
「…」
「何がしたいの!ねえ!!」
私が怒鳴っても聞こえないふりをされる。
え、待って。
何この既視感。
いや、だって、二度とそんなことにはならないって、わたし。
「わ、たし、何かした……?」
なんで実弥は怒ってるんだろう。
なんで今布団の上に押し倒されているんだろう。