第29章 海は広くて大きいが
蓋をした記憶、と言うものが誰しもあるだろう。会いたくない人間もいる。それに、思い出したくない記憶もある。
「………!!」
私は過呼吸を起こすのではないかと焦った。手が冷たい。息がうまくできない。
ああ、なんて滑稽だ。笑えるだろうか。みんな私を笑うだろうか。
なんて醜いことか。こうも隠し事ばかりとは。……いったい、本当の私を知っている人はどこにいるんだろうか。
最近では、私自身もわからない。
私は自分の枕を持って隣の部屋…つまり実弥の部屋に向かった。部屋のドアを開けるとギイッといやな音がした。
「……」
実弥は部屋の明かりを消していただけで起きていたようだ。
「何だよ、どうしたァ?」
実弥は視線だけを私に向けた。
「あ……その…」
ここにきて、急に恥ずかしくなってきた。
「……怖い夢を見た」
ああ、私は幼稚園児か!!
と心で叫びながら自分の部屋に戻ろうと足を動かした。三秒後には実弥がふざけるなと叫ぶはずだ。
「ん、来いよ」
実弥が掛け布団をめくった。そして私が入れるスペースをあけてくれた。
「…来ないのかァ?」
唖然としていると実弥が私に言うので、慌てて布団に潜り込んだ。
布団の中は暖かくて、実弥の体温を感じた。
「うわ、お前冷た…水みたいだな」
その言葉にドキッとして小さく縮こまった。
……大丈夫。あれは夢。冷たい水なんてここにはない。
「…あのね」
「ん?」
「…海の夢を見たの」
気づけばそう実弥に話していた。
「……それでね、溺れたの。」
「…。」
実弥はぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「そうかァ。それは怖い夢だ。」
「うん。すごく怖かった。」
暖かい体温に安心した。
冷たい海の中に潜む嫌な冷たさが消えていく。
怖い夢が消えていく。
代わりに、大好きな現実がただ目の前にあった。