第28章 欠けたところ
『大袈裟なのよ』
声が聞こえた気がした。
『ちょっと熱くなっただけでしょ。倒れるなんてどうかしてる。』
その声は、母親のものだった。
…そうだ。
私、小学校の時に外で倒れたんだっけ。その日は暑くて、調子がおかしくて、それで。
熱中症だったのかはわからない。…倒れていたんだから、思い出せるわけもないんだけど。
『…どうして迷惑ばかりかけるのかしらね。自分は倒れるだけかもしれないけど、こっちは忙しいんだから。』
お母さんが冷たい部屋に私を運んで、氷を体に当ててくれた。
『……父さんが帰ってくる前に起きないと、殴られちゃうわよ。』
本気か嘘かわからない。
でも、その時だけ声が優しかった気がした。
嬉しかった。
…。
私は、優しいお母さんが大好きだった。
「熱中症かしら」
ひんやりと冷たい空気が私を包んでいた。側に天晴先輩と実弥の気配を感じた。
体の数箇所に保冷剤が当てられているのか、そこだけひどく冷たかった。けれどその冷たさが心地よかった。
「…体調が悪いなら言ってくれればよかったのに。いや、だめね。そんなこと思っても。」
「…そうですね。」
「ごめんなさい実弥くん。…私のせいだわ。もっと気を使うべきだった。」
「いいえ。…よく、隠しごとをするので……俺も最後まで…取り返しがつかなくなるまで、気づけないことがあります。」
二人の会話は聞こえていたし、私の意識はあった。でも瞼が重かった。体に力が入らなかった。
…小学校の時と同じだ。
夏って怖いな。暑いだけで体がいうこときかなくなっちゃうんだもん。
私はまどろみの中を彷徨うように目を閉じたまま二人の優しい声に耳を傾けた。
「…そうね。本当に…隠し事が上手な子。」
先輩は悲しげな声で続けた。
「誰かが幸せなら自分はどうでも良いのよ。…ずっとそうだった。」
それから先輩は、懐かしい時代の話をした。
実弥はその話をじっと黙って聞いていた。