第14章 意味のわからない話
誰かのためならなんでも捧げることができる人だった。命でもプライドでも、捨ててしまう人。
「……ありがとう、ございます」
「はい。それで十分。」
彼はいつもの調子に戻って、満面の笑顔を浮かべた。
あの時代に私を救おうとしてくれた人。私を愛を教えてくれた人。その優しさで自分を傷つけてでも、生き方を曲げなかった。
「…春風さん」
「ん?」
「いつもありがとう」
心の底からの思いだった。
私は素直にそれを伝えた。
「……」
「えっ!?」
すると、先ほどまでとは打って変わって彼はポロポロと泣き出してしまった。
えっ!?ちょっと待て、私この人が泣いてるの初めて見たかも!?涙ぐんでる時とかはあってもポロポロ泣いてるのはなかったんじゃない!?
「あ、ああああああああの、大丈夫デスカ…?」
「…っ、すみません」
春風さんは涙を拭った。
「…止まらんのです」
「えと…」
「なんと言うんでしょう、子育てを終えた父親の気分です。」
「はい!?」
春風さんは続けた。
「嬉しいんですよ。あなたが、そんなことまで言えるようになったことが。初めて会った時、この子はもう壊れてしまっていてダメだと思ったんです。あなたったら笑ってばかりで何も言わないですから。
ただ本部の命令に従うだけの子供でした。私はとても不安だった。大切なことを理解して欲しかった。だから私の隊服のボタンを無理にあなたに残したんです。
人が死んだり傷付いたりすると悲しいこと、誰かが笑っていると嬉しいこと、嫌なことを言われると腹が立つこと、死んだ人を時々は思い返して懐かしむこと……。」
春風さんはもう泣いていない。
いつもの笑顔に戻っていた。
「今なら、その大切さがわかりますよね。」
「…うん…っ……」
でも今度は私が泣いてしまった。
「あのね、私ね、本当は、皆がいなくなるの、すごく悲しかったの。」
「……はい。わかっていますよ。」
「でも、泣けなかった。お葬式でもずっと笑ってた。何で悲しいのかもわからなかったの。誰も守れない自分がただ惨めだった。」
「良いんです、良いんですよ。」
春風さんが私の涙をぬぐう。
「みんな、とっくにわかっていますよ。」
優しいその言葉に、大きく頷いた。
春風さんはその後も泣き続ける私を優しく見守ってくれた。