第97章 鬼霞
『死ねって思うようになったら結婚生活の終わりよ』
実弥が作る昼食の良い匂いが台所からしてきた昼下がり。ふと母の言葉を思い出した。
いつだったか、母がそんなことをぼやいていた。
…実弥にイラッと来ることはあるけど、そういうことは思わないかなぁ。今まで喧嘩ばっかり…うん。
喧嘩してる時の方が多いかもしれない。
もしかしてこれってまずいのかな…。世の中の夫婦は一体どれくらい喧嘩してるんだろう。いやていうか新婚ってラブラブだ〜なんてことを聞くけど。
今この状況がかなり異質だよね。私が子どもをほとんど放置してて、実弥におんぶに抱っこで、新婚なんて空気は一ミリもない。
そもそも結婚とか付き合いとかぶっ飛ばして内緒で縁切って娘を産もうとしてた時点で普通どころの話ではない。
「…どうしよう」
そのことに気づいた途端、頭が真っ白になっていく。
いや今まで気づいていたんだけどあんまり意識してなかったというか…。
実弥があまりにもスパダリすぎて私の悩みが霞みまくっていた。彼ができすぎる男であるから私を許してくれてるし甘やかしてくれてるしってのもある。
それに全力で頼りきってる私がどう考えても諸悪の根元。
「あうっ」
その時、寝ていたはずの赤ちゃんが大きな声を出した。起きて泣いたのかと思ったが次の瞬間、強い風が吹いた。
我が家は生粋の日本家屋なので風は容赦なく入ってくる。
目が開かないほど強い風で思わずまぶたをグッと閉じた。だけど娘の存在を思い出して慌てて目を開けた。
「ッ!」
ちょうど近くに服を収納している背の高い棚があったのだが、その上の置かれていた物が風で動き、娘の方に落ちていく。
それを見てとっさに体が動いた。