第95章 僕の師範ー昔の話ー
記憶が戻った。
それと同時に当然師範のことも思い出した。
どうして忘れてしまっていたのか不思議なほど、師範のことは自分の中に色濃く残っていた。
誰かに師範のことを話したかった。
そう思った理由としては、どうしてか師範がまるで鬼殺隊に存在していなかったのように扱われているからである。
師範の話を全く聞かなかった。あんなに強くて、頂点に立っていた人だ。それなのに不自然なまでに誰も師範のことを口にしなかった。不気味なほどに。
それは柱でさえも同じことだった。
忙しいことはわかっていた。柱の時間は貴重なものだ。けれど俺は師範のことを口にした。
それは自発的なものではなくて、伊黒さんが『時透は何か雰囲気が変わったか』と言ったからだ。
「記憶を取り戻したんです。師範のことも思い出しました。」
深い意味があったわけではない。師範が生きていた頃に柱だった人もいるから、共通の話題になるかと思った。それだけ。
けれど、その場は確かに凍りついた。
「そうかよ。」
ただ一人、不死川さんが短く返した。
「師範?…?そっかあ、思い出せて良かったね!」
甘露寺さんはよくわからないがようでそう言った。…まあ、この人は師範を知らないから。
(無視…ね)
ああそうですか。
ここまでくると感心する。
そこまでして鬼殺隊から師範を消したいのか。
隠にも聞いたのに誰も答えてくれない。分かりやすく話をそらされた。
いったい何なのか。
やっと師範を思い出せたのに、僕はまた師範を失った気持ちを味わうことになった。
師範は突然消えた。記憶が蘇ってもまた消える。
悲鳴嶼さんでさえ知らぬふりをするので、俺は我慢できなかった。
「師範と恋仲だったんですよね」
隠してたつもりか知らないが、俺はとっくに知っていた。
二人きりになったときに語気を強めて言ったが、その反応は予想外のものだった。
「あの人のことは口にしてはならない。」
「え」
「分かったな。」
驚く俺のことなど気にせずに、というかそもそも質問にさえ答えずに悲鳴嶼さんは去っていった。
一人残された俺は、あわてて他の人のところに行った。