第92章 夜露死苦
「美味しそうだね」
気まずい雰囲気をどうにかしようと言葉を投げてみたが、誰も何も言わない。
それも仕方ないのかもしれないが。
隣の部屋では私…というか“彼女”が未だ寝ており、私と巌勝と実弥の三人で仲良くもないのに一つの鍋を囲んでいるのだから。
なぜこうなったか?愚問である。お腹が空いたからだ。
三人とも空腹で、特に暴れ回った私と巌勝は限界に近かった。それで実弥が手軽にできる鍋を作ってくれたのだが。
誰も何も言わないまま黙々と食事は進められ、とても雰囲気が良いとは言えなかった。
実弥は巌勝のことをにらんでいるし、巌勝は目を閉じているし、私は諦めて鍋をお腹に詰め込んでいく。
出汁が食材に染み込んでいて美味しい。
このピリついた空気の中、赤ちゃんはお布団の中でくうくうと寝ていた。ああ大物だな。誰に似たのだろう。間違いなく私似ではないはずだ。
「……で」
しかし、その静かな空気をどうとも思わなかったわけでもなかったようで実弥が沈黙を破った。
「どうすんだよ、あの人。」
そう言われて私たちは自然と隣の部屋へと顔を向けた。
そこは襖が閉じているものの、見ているものは同じだろう。そう、もちろん彼女のことである。
「鬼なんだろ。」
実弥はそう言った。
…確かにそうだが。
「ひとまず陽明くんに、と言いたいけど。」
「ああ。理解しがたいことが起きすぎていてこのままではアイツの負担が大きい。」
「じゃあ俺らでどうにかすんのか?」
……。
「斬る?」
私は誰にでもなく投げかけた。
「斬れるのか」
「うん、まあできるよ。」
山で交えた感覚では、恐らく私の方が…という自信はあった。
「あなたが斬ってくれてもいいのよ、巌勝。」
「…。」
「冗談だよ。」
あまりにも深刻な顔をするので、私は吹き出してしまった。背中を叩くと巌勝はゴミでも見るみたいな目で私を見てきた。ごめんて。