第90章 昔昔のそのまた昔
愈史郎さんと暮らし初めて幾星霜の時が過ぎた。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。
それを数えられないほど繰り返し、何十年という時が過ぎた。
そして今年も冬が去って春が来た。
それはこの屋敷に暮らし始めて、何度目か分からない桜が万日になる日だった。
私は縁側で愈史郎さんと並んで座っていた。
この頃になると愈史郎さんはほとんど話さなくなった。いや、話せなくなったのだ。
彼は鬼であるのに老いていた。
しわが増え、背は曲がり、声はかすれていった。
この感覚を覚えている。
そうだ。私は、昔に人間と旅をしていた。どんな子だっただろうか。あの子も老いていった。私よりもずっとずっと先に死んだ。
ああ、私…。
霞んでいた記憶でさえもすべて忘れてしまったんだった。
できる限り絵に描いた。
金にもならない絵を。
けれど、その絵を見ても、何も思い出せない。
あの絵はどこに置いたんだっけ。大切な場所に、置いてきたけど。
その場所はどこだったか。
「」
ふと、名前を呼ばれて真横に座る彼に顔を向けた。
「どうした」
名前を呼ばれたのも久しい。
「、俺はな、いつかきっとお前に会う。そうしたらまた助けてやる。」
「そうか。」
「お前はどうしようもない奴だ。」
彼は、何かをつぶやいた。
けど聞こえなかった。
「おい、今なんと言った」
そう聞いたが、返事はなく。彼は目を閉じていた。
「……………あぁ」
私は頷いた。
「またな、愈史郎さん」